定福院は鎌倉期に興り、京都仁和寺の直末から明治に大和長谷寺直末となった真言宗豊山派の寺院です。八幡山阿彌陀寺定福院と称し、佐間の御寺・佐間の観音様・羅漢の寺として檀信徒の皆様や地域の皆様とともに歩んでまいりました。文永2年(1265)藤原秀郷の子孫高柳行空により現在の久喜市高柳に創建され、後に中興祖高柳行清によって佐間に移され現在に至ります。
定福院について
境内のご案内
本堂
様々な木々花々に囲まれた本堂は、大正12年関東大震災の倒壊から復興し100年を数えます。 令和6年から始まった大改修(屋根瓦修復・耐震工事)によりこれからも皆様が安心して お参りできる定福院のかなめとして、本尊不動明王を安置しております。
山門
昭和の終わり、境内の大幅な区画整理により旧山門はその場所と姿を変え、平成2年11月に新たに建立されました。重厚な造りと瓦葺きは定福院の象徴として皆様をお迎えし致します。
阿弥陀
薬師堂
歴史は古く鎌倉期に遡ります。仁和寺から移築されたという言い伝えがあり、その痕跡は旧天井画に記されております。現在の天井画は、東京藝術大学で油彩を学んだ斎藤武画伯によるものです。
観音堂
「佐間の観音さま」「子育て観世音」として古くから地域の信仰を集め、遠方からも参拝にお越しいただいております。建立されている観音様は定福院で一番古い仏像で、平安期の造形を今に伝える秘仏となっております。12年に一度の「うま年」には御開帳が行われ、稚児行列とともに地域の方々と練り歩き観音様のご加護を仰ぎます。
鐘楼堂
鐘楼堂は本堂・山門と並び重要な堂宇の一つであります。創建時より長い間鐘楼堂の記録はありませんでしたが、檀信徒の皆様の協力を得て平成25年6月に新築されました。御本尊様に亡くなられた方への供養の気持ちを届けて頂く為に、また、自らの煩悩を払い清め、無明の闇を開く為に、お越しの際は自由にお撞き下さい。